テーマ展示「大佛次郎の住まいをめぐるヒストリー 鎌倉そして横浜」

作家・大佛次郎(1897-1973)は横浜に生まれ、東京で青春時代を過ごし、結婚後は鎌倉に居を構えました。
「鞍馬天狗」は関東大震災後、鎌倉長谷の大仏裏で産声を上げ、「霧笛」は横浜のホテル・ニューグランド318号室で執筆されるなど、多くの大佛作品が時代や土地の記憶と分かちがたく結びついています。

1929 雪ノ下の新居棟上の日

1929 雪ノ下の新居棟上の日

本展では、建築家・浦辺鎮太郎の設計により横浜山手町に建てられた当館を終着点として、居住地の変遷や近隣とのつながり、大佛のライフスタイルや作品に与えた影響など、住まいにまつわるヒストリーを紹介します。

1966年頃 大佛夫妻と茶庭と犬

1966年頃 大佛夫妻と茶庭と犬

 

また、1階ロビーでは、「山手113番地をめぐるヒストリー」と題して、山手113番地の歴史を振り返ります。

建築家・浦辺鎮太郎は設計する上での重要なコンセプトとして「土地の新旧調和」をあげており、土地の歴史を大切にしていました。

大佛次郎記念館が立つ以前、この場所にはテラスハウスがあり、公園には子どもたちの声が響いていました。 今回の展示では、記念館を大佛次郎の住まいの「終着点」と位置付けていますが、それと同時に建設以前の「山手の記憶」にも着目します。

山手の丘に暮らした多くの方々にご協力いただき、港の見える丘公園が現在の形に整備される以前のイギリス山、フランス山にまつわる思い出を伺いました。

建設途中のテラスハウス山手113-B

建設途中のテラスハウス山手113-B

 

会 期 :令和2年9月12日(土)~12月25日(金)

開館時間:10:00~17:00(最終入館16:30)

場 所 :大佛次郎記念館2階ギャラリー及び1階ロビー(神奈川県横浜市中区山手町113)

休館日 :毎週月曜日(月曜休祝日の場合は翌平日)

観覧料 :一般200円(高校生以上) 中学生以下無料

主 催 :大佛次郎記念館(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)

 

【関連イベント①】たてもの謎解き『ねこからの招待状』

本展の開催と同期間で、大佛次郎記念館を巡って謎を解くたてもの謎解きを実施。最後の謎に答えられた方には、オリジナル猫ふせんをプレゼントします。猫兄弟

たてもの謎解きの詳細はこちらのページへ

 

【関連イベント②】文学ウォーキング「浦辺鎮太郎の仕事 ~3つの建物の魅力をめぐる~」

建築家・浦辺鎮太郎の作品である大佛次郎記念館・横浜開港資料館・神奈川近代文学館。3つの建物の魅力をめぐるウォーキング。

日程:11/23(月・祝) 参加費:800円 定員:10 名

案内:株式会社浦辺設計

文学ウォーキングの詳細情報はこちらのページへ

 

大佛次郎と「たてもの」年表(簡易版) 年齢参考:新潮アルバム、『私の履歴書』

1897年(明治30) 野尻清彦誕生

1904(明治37) 7歳 横浜市太田尋常小学校に入学、一カ月後、東京市牛込に転居。

  小学六年生で白金三光町に転居。

1915(大正4) 18歳 旧制一高の仏法科入学、本郷向ヶ丘の寮に入る。

1918(大正7) 21歳 旧制一高の仏法科卒業、東京帝大の法科大学政治学科入学。

1921(大正10) 24歳 学生結婚。帝大卒業後、鎌倉に転居。鎌倉各地を転々と移り住む。

1923(大正12) 26歳 長谷の大仏裏の借家で関東大震災に遭う。

翌年、「大佛次郎」のペンネームで講談小説を執筆、「鞍馬天狗」シリーズ連載、映画化はじまる。

1929(昭和4) 32歳 鎌倉の雪ノ下に新居を建て、父母と暮らし始める。以降、生涯の住居となる。

1931(昭和6) 33歳 ホテル・ニューグランドの一室を借りきり、約十年間仕事場とする。

1952(昭和27) 55歳 雪ノ下の自宅に向かい合う建物を購入。(大佛茶亭)

1973(昭和48) 75歳で永眠。遺体は、築地がんセンターを出て、横浜のホテル・ニューグランドに寄り、鎌倉の自宅に帰った。鎌倉寿福寺の墓地に埋葬。

1978(昭和53) 横浜市の港の見える丘公園に大佛次郎記念館が浦辺鎮太郎の設計で新築。