没後40年・大佛次郎と神奈川 ―未来へのメッセージ―

大佛次郎(本名 野尻清彦)は1897年(明治30)10月9日、横浜市英町(現・中区)に生まれました。

小学校に1ヶ月ほど通い東京に転居しました。1921年に大学を卒業し鎌倉に移り住み、1929年には雪ノ下に新居を構え生涯の住まいとします。故郷である横浜にはホテルの一室に仕事場を置き、住まいのある鎌倉と行き来しました。

そのような中から、数多くの作品が世に送られていきますが、戦後は、「神奈川新聞」に「ちいさい隅」と題するエッセイを14年間掲載しつつ、社会的提言をし行動を起こしました。
晩年、ライフワークとして書き続けた「天皇の世紀」は、病気のため未完中絶し、1973年(昭和48)4月30日永眠しました。

本展では没後40年を記念し、進取の気性に富みながら歴史を重んじた〝神奈川県人″大佛次郎が伝えた神奈川の魅力と現代に生きる言葉を紹介します。

展示構成

  • 【神奈川】多彩な県史を/「ちいさい隅」/ゆかりの画家たち

    原稿「多彩な県史を」1969年(昭和44)「神奈川県史研究」第3号掲載

    原稿「多彩な県史を」1969年(昭和44)「神奈川県史研究」第3号掲載

    「幻燈」執筆の参考資料となったジョルジュ・ビゴー版画集

    「幻燈」執筆の参考資料となったジョルジュ・ビゴー版画集

     
  • 【横浜】郷愁の地-横浜/作品の舞台/ヨコハマの未来に

    1932年(昭和7)頃 横浜・ホテルニューグランド屋上にて

    1932年(昭和7)頃 横浜・ホテルニューグランド屋上にて

  • 【鎌倉】鎌倉転々/鎌倉歳時記/自然保護運動/「鎌倉びと」

    1966年(昭和41) 鎌倉・茶邸にて

    1966年(昭和41) 鎌倉・茶邸にて

    「鎌倉一覧之図」雪貢画

    「鎌倉一覧之図」雪貢画

没後40年・大佛次郎と神奈川 ―未来へのメッセージ―

  • 共催
    横浜市
    後援
    朝日新聞社、神奈川新聞社、NHK横浜放送局
    協賛(敬称略・50音順)
    株式会社浦辺設計、加藤昌子、加藤一、丸全昭和運輸株式会社、横浜高速鉄道株式会社、横浜市金属建具工事協同組合
会期
2013年4月19日(金) 〜 2013年7月15日(月)
会場
大佛次郎記念館全館
展示解説
5/10, 6/14, 7/12 第2金曜日 13時~13時30分